火のある暮らし

太古の昔、火を手にいれた事によって人間の生活は格段に良くなったと言われます。

それ以前は動物が食べ残した生肉を食べたり、寝床も外敵から身を守る為に木の上で過ごしていたそうです。

僕らが火を手に入れたのは、おそらく落雷の後や自然発火の野火だと言われています。

その火種を絶やす事なく燃やし続け、ノマド的な生活をする部族はその種を木の葉に包み大切に持ち歩いて次の地に行ったそうです。

何千年も絶やさず燃やし続けられた火種は、今現在も僕らの生活の元で燃やし続けられています。

御先祖様が大切に繋いでくれた「火種」。

それは現代に生きる僕らの生活には欠かせないものとなりました。

肉を焼いて食べられ、住まいを温める事ができる。

更に外敵からも身を守る事ができ器や道具を作る事が出来る。

また、野焼きにより農耕も始まり、これにより人間は一つの場所に定着した生活が可能になったと言われています。

ただ、火の扱いは時には危険をもたらします。

更に豊かな生活を求め、より多くのより強大な火が必要になりました。

落雷から手に入れた小さな火種は、やがて雷以上のパワーを持つようになります。

生活を豊かにする一方、生活を脅かす兵器にもなる。

いつも目に見えるところで絶やさず燃え続けていた火は、今はどこを遠くで燃やされ電気などになり僕らも元に届いている。

生活から少しづつ火が見えなくなってきている事にふと気がつきました。

火のありがたみや危険性も同時に感じにくい世の中になってきているんだとも気づいた。

この写真は僕がジャマイカに行ったときのもの。

彼らはとても火の使い方が上手だ。

そして大切さも知っている。

この日はサンデーディナーの為にみんなでお酒を飲みながらワイワイ。

この日のために山の麓に行き調理用のガスを買い自分で運び、ガスがなくなれば自家製の炭火コンロで調理。

どれも最高に美味しかった!

何よりもこの調理するための大切な「火」をみんなで共有した事が暖かく優しい豊かに気持ちにさせてくれました。

ヤーマン リスペクト!!

僕ももっと火の使い方、共有の仕方を改めて考え直していかなくてはと感じています。